February 27, 2012
なんでノイズやってるか考えてみた

先日、搬出に時間がかかって終電を逃してしまった。

運よく近所に友達が住んでいたので泊めてもらうことになった。駅から友人宅は遠いので、大量の機材を台車で運びながら、自分が普段行っていることについて改めて考えてみることにした。

というのも、自分のいろいろな無自覚さに少し「これはいけない」と思っていたからだ。単純に興味があって、好きで、やりたくてやるのならば十分だと思うが(というか思っているのだが)、自分の「好き」をその程度しか理解していないのも寂しいし、子供のような「なんで?」に答えられない自分もそろそろもどかしくなっていたからだ。

呼吸の仕方を考えると息苦しくなる。無自覚な志向について、理由を考えるのも無粋なことかもしれん。ただ時間は有り余っていたので、友人宅でひとしきり話して、眠るまでの間や、翌朝ガラ空きの電車で帰る間も考え続けた。

単純にノイズが好きだなんていうのは大前提である。ただなんでそれに興味があるのか。

定義もあいまいだった。なんかすごい髪ぼっさぼさでツマミだらけの機材とかいじってそうな人から「お前のはノイズじゃねえよ」って言われたら「アァ、スイマセン」ってなると思う。でも単純なプラグノイズから、人によっては曲中のSEや環境音だってノイズっていうし、旋律にこだわる必要もないし、単純に音量の問題でも、波形の問題でもあるし。とりあえずそこらへんは自分がブチブチ言う音が好きで、フィードバックのわくわくするのが好きで、ファズの凶暴さが好きで、ハウリングのうるささが好きでってことでいいんじゃないかと思う。

そもそも言葉にできないからやっているのがある。身体表現に近い感覚がある。肉体的な言語とでもいうか。原始人が話すというか、分かりにくい言葉みたいなものだと思う。

分かりにくいけど、安易な便利さや多弁さとは反対側に位置していて、その不便さが俺は面白いんだと思う。それは宇宙人やお化けと会話してみたいっていうのに近いし、未知とのやりとりは、きっとわかりやすい言葉で会話するのとはまた違うワクワクがあると思う。諸外国の中には、うまく日本語に翻訳できない単語とかがあって、それに近い。

ただ「それが何なのか分かってほしい」ってことじゃなくて、もっと単純な好奇心が発端なんだと思う。「   」って感覚が沸き起こってそれを「アウアウアー」っつっても、「アウアウアー」の意味とかを厳密に他人に知ってもらいたいってことより、「   」って感覚を言い表すのは「アウアウアー」なんだな、と自分で言葉にしながら理解するというか。

そういう好奇心が発端だし、変な言葉で語れたら楽しいと思う。架空の文字とか、紋章とか、そういうの考えるの楽しかったし、俺はやっぱりそういうところファンタジーで、魔法とか、怪獣とか、男の子だし。

そもそも俺はあんまり話すのが上手くなくて、言いたいことが伝わらないし、同じ日本語で話せる相手でさえときどきうまく意図が伝わらなくて悲しくなる。ただ、ぼわっと浮かんだ感覚を「伝えたい」とか「分かりたい」と思うきっかけはたぶん「好き」とかそういう好意、浮かび上がってきたこころに対する親密さだ。でもその「好き」も現時点では「好き」っていう言葉しか表現がない。

ここで当たり前のことに気づいたんだけど、人間は浮かんだ「     」って気持ちを、とりあえず四捨五入で一番近い言葉に割り当てて話しているんだな、と思った。(古谷実の「シガテラ」にこんな話があったと思う。とりあえず自分の恋人に対する気持ちを表せるのは、「愛してる」という言葉が最大級だから仕方なく使っている、という)猫をみて浮かんだ言葉に一番近いのは「かわいい」なのかもしれないし、だんだんそういう行為は慣れて、自動になっていく。こんな当たり前のことに気づくくらい、「初めて」はすぐに麻痺していく。

気持ちを雑多な言葉で表せられたらいいなと思う。そうなったらいつか、自分が好きな人にも「好き+α」みたいな、現時点で上手く表現できない、こころとかも伝えられるようになるかもしれない。

そこまで考えて小さくため息が漏れた。恥ずかしいことに、車窓を流れていく沿線の風景とかちょっと綺麗に見えたわ。キラキラーうわー素敵ィてやかましいわい。便利さは安易さだ。もっと俺たちは分かりにくいものを腹に溜めてるんじゃなかろうか。俺の美味しいとお前の美味しいは違うし、眼に見える花は違って見えている。いつまでたっても分からねえことだらけだよ。理由なんて物凄く単純だった。

便利さが邪魔をして、こころの中を分かりやすい言葉で伝えるのは限界に来ているのかもしれない。脳味噌を変えなくては。もちろん、だからって話せることは話したいし、言葉にしたいとも思う。陽が暖かくてうれしいとか、犬が長生きしてうれしいとか、部屋が片付かなくてイラつくとか、俺はお前が好きだとか、もう全部そういうの全部。

そこまできてもう一回、なぜノイズなのか考えてみる。なぜエレクトロニカや、アンビエントじゃないのか。底を流れるものは同じなんだけど、俺の中で一番ノイズとかは音の極地にあるようなものだったのかもしれない。

極地。絵が描きたい、とか、走りたい、とか、感情的な衝動があって、それがどういう行為になるのかが問題で、それが音であった場合、その極地はノイズだったわけだ。絵で言うならば大筆で描く絵に近い。大筆は細かくは描けないし、単なる大声みたいなものかもしれん。だけど思い切りブチまけたい気持ちがあって、小筆で軽やかに描くのはやはり合わない。伝えたい極大の気持ちを乗せるなら、振るのが精一杯の筆がぴったりだし、それを何万回振っても言い切れないくらい毎日生きてきて感じたことがあるよ。

だから、小さい日常のこととかは、小さな音や手触りのある楽器で耳打ちみたいに話したいと思うのかもしれない。ご飯が美味しいとか、新しいシャツが気持ちいいとか。そう考えると、伝え方として俺はノイズを選んでいて、話したいことはまだまだたくさんあるなと思った。

まあでも、単純に好きなんだわな。

そこらへんで最寄に電車は着いたし、寒い季節なのに陽が暖かくて、変にいい気分というか、ワクワクしながらまた家まで重い機材をゴロゴロ運びながら帰ってシャワーを浴びた。

  1. shortcutss reblogged this from corruph
  2. tarowebmusica reblogged this from corruph
  3. chiyozi reblogged this from corruph
  4. corruph posted this